大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1898号・昭53年(ネ)1891号 判決
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【判旨】
一当裁判所は、第一審原告の本訴請求のうち不服申立のある慰藉料請求については主文一項1記載の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却し、また第一審被告忠子の反訴請求のうち不服申立のある慰藉料請求は失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は次に付加・訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決二〇枚目表二行目の「その方式」を「前掲甲第一号証、その方式」と、同四行目の「五号証」を「五号証(甲第五号証のうちの私人作成部分は弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる。)」と、同行の「被告兼」を「原審及び当審における第一審被告兼」と、同一二行目の「幼少」を「幼少時」と、同一三行目の「来た。そして」を「来て」と、それぞれ改める。
2 同二三枚目表一〇ないし一二行目を「ところで、第一審原告は、性格的におとなしいところがある反面、短気でちよつとしたことに立腹・逆上して突飛な行為に出ることがあるうえ、昭和四七年六月頃までに第一審被告フミ子から同忠子との離婚話を持ち出されたりしていたこと等から落着きを失い、精神的に動揺した状態にあつた。」と、同裏二行目の「原告は、」から同五、六行目の「連れて帰る。」」までを「しかし、第一審原告は、同日気が変わつて第一審被告忠子に早く戻つて欲しくなり、第一審原告の母に相談したところ、母は「貴司を里子に出すといつたら忠子は帰るだろう。」と言うので、これに従つて第一審原告フミ子方の同忠子に電話すると、同忠子は「貴司を引取つて下さい。」と答えた。そこで、第一審原告はその翌日第一審被告フミ子方を訪ずれ、第一審被告忠子と会つたが、その時興奮していた余りに同第一審被告に対し「別れたい。」、」と、同九行目の「原告は、被告フミ子から逃れるためと、」を「第一審原告は、」と、それぞれ改める。
3 同二四枚目表七、八行目の「ノイローゼ気味であつたことも加つて」を「同第一審被告の間に答えるどころかかえつて」と、同裏八行目の「費用」を「治療費の代りに旅費」と、同一一行目の「被告忠子な、」から同二五枚目表初行までを「そして、ついには第一審原告が第一審被告忠子に対し、「どうしても島根へ帰るというなら離婚する。子供は置いて帰れ。」と言い出したので、同第一審被告は第一審被告フミ子との帰郷の約束もあつたことから、そのまま第一審原告方を出て第一審被告フミ子方へ行き、以後現在まで第一審原告方に戻つていない。」と、それぞれ改める。
4 同二五枚目表二行目の「二七日」を「二八日」と改め、同六行目の次に「第一審原告が第一審被告忠子に対し「帰つて欲しい。」と言つて同居を求めたのに対し、」を同七行目の「子ども」の次に「のことは(第一審原告に)」をそれぞれ挿入する。
5 同二六枚目裏六行目の「代表役員として」の次に「第一審被告分教会を代表し、その事務を総理するほか、親神の「おさづけ」の取次ぎ等の宗教的行為及び」を挿入し、同九行目の「天理主命」を「天理王命」と改め、同一二行目の「もので」の次に「、その唯一の事務所及びその教会は第一審被告フミ子の住所にあり、同第一審被告のほかには、教会の宗教活動に従事する役員・被用者はおらず、第一審被告分教会の宗教活動一切は同フミ子が執行しているもので」を、それぞれ挿入する。
6 同二七枚目表一行目の「被告兼」を「原審及び当審における第一審被告兼」と、同五行目の「被告忠子の前記行為は」を「第一審被告忠子が昭和四七年九月五日頃第一審原告の家を出たことは、それまでにも二度にわたつて第一審原告に軽率、過激な行動があつたことのほか、当日も第一審原告が一時的な感情にかられた面があるとはいえ「離婚する。」とまで言い出したこと等の事情からして、やむをえないものであつて、その時直ちに悪意の遺棄に当る行為があつたとはいうことができないものの、第一審原告が同月末父あるいは第三者を交えた席上自ら非のあるところを認めたうえで、直接又は第一審被告フミ子を通じて第一審被告忠子に同居を求めたのに対し、同第一審被告が同月五日頃の第一審原告の言動も一時的な感情にかられてなしたものであることを知りながら(この事実は前記認定事実及び原審における第一審被告忠子本人尋問の結果によつて認めることができる。)、同居を拒否して別居を継続し第一審被告フミ子方に留まつた行為は」と、同八行目の「同被告が原告を遺棄して家出した結果、」を「第一審原告には前記のような軽率、過激な行動があり、これが原因の一となつて第一審被告忠子が家を出、別居の期間が長くなつた結果、」と、同一〇行目の「破綻している」を「破綻し、婚姻を継続し難い重大な事由がある」と、それぞれ改め、同一二行目から同二八枚目表二行目までを削除する。
7 同二八枚目表三行目から同二九枚目裏一一行目までを次のとおり改める。
「前記認定事実によると、第一審原告と第一審被告忠子とは、昭和四六年一〇月頃までは波風が立つこともなく平穏な婚姻生活を送つていたところ、本件婚姻に際しての第一審原告の言動から同原告が本件婚姻成立後に天理教に入信してくれるものと信じていた第一審被告フミ子は、同原告が入信しないばかりか、寄付をも拒否し、次第に天理教に対する理解を示さなくなつたので、昭和四六年一一月頃から次第に第一審原告に対する不信の念を強め、本件婚姻に対して社会通念上許容しえない不当な干渉をし、ついには第一審被告忠子の前記悪意の遺棄に加担したこと、第一審被告忠子が同フミ子の右干渉に積極的に同調したものではないものの、これに追従するか、又は同フミ子に対し右干渉を止めるように説得する等の適切な行為に出ることなく放置したため、第一審原告は第一審被告フミ子の右干渉によつて精神的に動揺し、これに短気な性格も加つた前記のような庖丁を持つて暴れる等の過激な行動に出るに至り、その結果次第に夫婦間の宗教的不調和が顕著となり、意思疎通も円滑を欠く状態となつたこと、第一審被告忠子が昭和四七年九月五日頃に家を出たことは、それが前記認定のやりとりの末に行なわれたものでやむをえないものではあるが、第一審被告フミ子の前記のような不法な干渉が同日の第一審原告の言動を誘発した面があること、さらに第一審被告忠子は同月末に第一審原告から同居を求められたのに、第一審被告フミ子の意向に従いこれを拒否して別居を継続し、もつて第一審原告を悪意で遺棄し、これが直接の原因となつて、本件婚姻は円満な夫婦共同生活に回復しうる見込のない破綻した状態となつたことが認められる。
そうすると、本件婚姻の破綻について、第一審原告と第一審被告忠子の双方に円満で健全な夫婦共同生活を築く努力に欠ける等非難されるべき事情があり、そのうちのいずれかが主として又は専ら本件婚姻の破綻原因となつたとはいえないが、第一審被告忠子の責任は第一審原告のそれに比してより大であるというべきである。
ところで、本件のように離婚を求める本訴及び反訴が共に認容される場合において、不法行為の効果としての損害賠償債務たる慰藉料の支払については、必ずしも共に、認容又は棄却されなければならないものではなく、婚姻関係を破綻せしめた責任の大小が認められるときには、その大なる者は相手方に対して慰藉料請求権を有せず、その小なる者のみが相手方に対して慰藉料請求権を有するものと解するのが、公平の観念に照して相当である。
してみると、第一審被告忠子及び同フミ子は、共同不法行為者として連帯して第一審原告に対し慰藉料の支払義務があるが、第一審被告忠子は第一審原告に対して慰藉料請求権を有しないから、同被告の反訴慰藉料請求は理由がないといわなければならない。
次に、前叙の如く、第一審被告フミ子は、本件婚姻に対して不法な干渉を行なつた末第一審被告忠子の前記悪意の遺棄に加担し、それがため右婚姻が破綻するのやむなきに至つたものというべきところ、右干渉・加担の態様、前記認定の第一審被告分教会の目的、組織及び業務内容等に照らすと、第一審被告フミ子の右干渉・加担は第一審被告分教会の代表者である同フミ子が同分教会の職務を行うにつきなしたものと認めるのが相当であつて、原審及び当審における第一審被告兼同分教会代表者藤田フミ子本人尋問の結果のうち右認定に副わない部分はたやすく信用することはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
したがつて、第一審被告分教会は、宗教法人法一一条一項により第一審原告に対し同原告が第一審被告フミ子の前記不法な干渉・加担によつて被つた損害を賠償すべき責任がある。
そして、第一審原告が第一審被告忠子及び同フミ子の前記共同不法行為により相当の精神的損害を被つたことは容易に推認することができるところであるが、第一審原告においても本件婚姻前は天理教に入信してもよい旨言明していたのに、本件婚姻後はこれに反し、天理教に入信しないばかりかこれを嫌う言動すらみられるようになつたことが、第一審被告フミ子の前記不法な干渉の一因をなしていること、第一審原告の前記軽率、過激な言動も婚姻の破綻の一因となつていること等本件に現われた一切の事情を斟酌すると、その慰藉料としては八〇万円が相当と認められる。
そうすると、第一審被告らは連帯して第一審原告に対し八〇万円及びこれに対する前記家事調停申立事件の不成立の日である昭和四九年七月一八日(右不成立の日に本件婚姻が破綻したものと認める。)から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、第一審原告の第一審被告らに対する本訴請求は右の限度で理由があり、その余は失当というべきである。<以下、省略>
(仲西二郎 高山晨 大出晃之)
<参考・第一審判決>
【理由】
<証拠>を総合すると、原告と被告忠子は、昭和四五年一〇月ころ見合いをした後、昭和四六年五月六日結婚式を挙げ、同年六月一日婚姻届出をした夫婦であつて、右当事者間に昭和四七年六月二日長男貴司が出生したことが認められる。
二 そこで、原告と被告忠子間の婚姻関係の状況について検討する。
<証拠>を総合すると、つぎの事実を認めることができる。
1 原告は、郷里の島根県立邇摩高等学校を卒業後、父英重が大阪市都島区で左官請負業を営んでいたので、自らも大阪で左官業をしていた。
被告忠子は、幼時に父を失い、母である被告フミ子に養育されて幼少から天理教を信仰し、右被告から親に勤めるよう教育されて来た。そして、中学校卒業後は紡績会社等に勤務し、原告と見合いをしたころは洋傘製造会社の女工員として会社の寮に住込んで稼働していた。
被告フミ子は、被告教会の代表役員として大阪方面での天理教の布教に従事していた。
原告の父英重は、原告の配偶者に郷里の島根県出身の女性を迎えたいと考え、知人に依頼していたところ、被告忠子を紹介されたので、原告のために結婚の申入れをした。
被告忠子及び被告フミ子は、原告やその家族とは一面識もなく、原告の年令が高かつたため、右縁談にはそれほど乗り気ではなかつたが、原告の父は、非常に熱心に同縁談を進めた。
原告やその父が天理教の信仰は良いと考えている旨を言明し、原告が天理教本部に参拝して「別席」に参加し、被告教会にも二、三回参拝したので、被告フミ子は、原告が結婚後は天理教の信者になつてくれるものと信じ、被告忠子に原告との結婚を勧めた。そこで、被告忠子は、母からの勧めもあり、また、原告が天理教の信仰活動を許してくれ、結婚後もこれを続けることができると考え、右結婚を承諾した。
2 結婚後、原告と被告忠子は、本籍地の文化住宅式のアパートで同居し、原告は、左官職として稼働し、月収一〇万円余を得てこれを右被告に渡した。被告忠子は、家事に従事して料理、掃除、洗濯に精を出し、被告教会の「月次祭」に参列したり、天理教婦人部の集会や講習会に出席するなどして信仰活動を続け、余暇には編物などをしたりしていた。そして、被告忠子は、昭和四六年九月ころ原告の諒解を得て右アパートに「社」を祭り、毎月一二日に被告フミ子に来てもらつて「月次祭」をし、その謝礼として一回につき一〇〇〇円位を渡していた。
被告フミ子は、毎月一二日に行われる原告方の「月次祭」に参るほか、月に一、二回位原告方を訪れ、その都度泊り込んで原告に対し天理教の話をして入信を説得していた。そして、同年九月ころ原告方に来た際、「今度、天理教明三分教会で普請をするが、一生に何度もないありがたいことだ。自分は三年間で五〇〇万円受持つたが、あんたは一口五〇〇〇円で何口できるか。」と尋ねたので、原告は、「怪我したときの貯えもいるし、子どもが生まれたらその費用もいるので、貯金しなければならないから考えさせてくれ。」と答え、父と相談したうえ、同被告が次に訪れた時に右寄付の申入れを断つた。
被告フミ子は、原告が結婚後に天理教に入信すると信じていたのに数回にわたる説得にもかかわらず入信しないばかりか、前記寄付の申入れを断つたので、原告に対し不信の念を抱き、以後原告と右被告との間に感情的な溝が生じた。また、原告も被告フミ子が訪れる日には残業と称して帰宅を遅くし、できるかぎり同被告と話合う機会を少くした。
3 被告忠子が妊娠していることは昭和四六年一〇月ころ判明した。同年一一月ころ被告フミ子が三泊した際、原告が午後一二時ころ寿司を一〇人前買つて来たところ、同被告は、「これは三日も泊つたので、あてこすりにしたのか。あんたらは宗教が合わないから別れなさい。嫁入りのとき持たせた三万円を返してくれ。それで桃谷の天理の産婦人科に子どもをおろしてもらつて、きれいな体にして連れて帰る。」と言い出した。そこで、原告は、翌日父に来てもらつて相談したところ、父から被告忠子が帰ると言うなら仕方がないので、同被告に聞いてみようと言われ、同被告に尋ねたが、同被告が帰らないと言つたため、その場はそれで納つた。その際、原告は、父の助言もあつて三万円をお供えとして渡し、被告フミ子に持帰つてもらつた。そのころ被告忠子が金の入つた財布を落してしまつたので、原告は、収入全部を同被告に渡さず、必要な都度渡すようになつた。
4 被告フミ子が被告忠子の出産四、五日前に原告方を訪ずれ、「子どもが生れたら引取つてほしい。あなたは無宗教の人と再婚したらよい。忠子は宗教的に合う人と再婚させる。」と言明したので、原告は、出産間近かの被告忠子に動揺を与えてはいけないと言つて、被告フミ子に帰つてもらつた。
被告忠子は、昭和四七年六月二日長男貴司を出産したが、被告フミ子が布教に従事していて多忙であつたため実家に帰らず、原告方で産後の養生をした。そして、原告の母が原告方に泊り込んで一切の面倒をみた。
そのころ、原告は、被告フミ子から被告忠子との離婚話を持出されたりしていたため、ノイローゼ気味になつていた。
被告忠子は、産後の肥立ちが悪かつたので、同年七月一六日ころ原告の諒承を得て長男を連れて被告フミ子方に帰つた。原告は、その翌日、長男貴司が里子に出されるのではないかと懸念し、長男を連れ戻すために突然被告フミ子方を訪れ、被告忠子に対し、「子どもがいたら邪魔になつて再婚できないだろうから、子どもを連れて帰る。」「これが子どもの顔の見納めだ。」などと言つて離婚を口走り、長男貴司を連れ帰つた。
被告忠子は、同月二四日ころ原告方に戻つた。
原告は、被告フミ子から逃れるためと、長男貴司が原告方に連れ帰られたにもかかわらず被告忠子がそのまま一週間も実家にいたことが近所の噂となり、同被告が居ずらくなつたので、同年七月末ころ被告フミ子に知らせずに大阪府寝屋川市松屋町二〇番五号のアパートへ転居した。
被告忠子は、同アパートでも「社」を祭り、被告フミ子に連絡した。被告フミ子は、これにより右転居を知り、同年八月一二日「月次祭」をするために同アパートを訪れた。その翌日、被告忠子は、原告に対し、原告が長男を連れ戻しに来た際に離婚を口走つた理由を問いただしたところ、原告は、ノイローゼ気味であつたことも加つて逆上し、長男を抱いたままの右被告に菜切庖丁を突付けるなどの乱暴を働き、これがため長男が負傷した。そこで、被告忠子は、原告の両親に電話して来てもらつた。原告の父は、原告も反省しているから許してやつてほしいと謝り、その場は一応納つた。
5 被告忠子は、被告フミ子が被告教会の代表役員であるのに、原告が入信しないばかりか次第に天理教に理解を示さなくなつたことと、原告と被告フミ子との軋轢に悩んでいた。
原告は、被告忠子の健康状態が思わしくなかつたので、昭和四七年九月五日ころ同被告に対し病院へ行くことを勧めたところ、同被告は、「広島の祭礼に出かけて、その足で亡父の二〇周忌のために郷里の島根へ行きたいので、費用を出してほしい。」と言い出した。原告は、これを聞いて逆上し、「生後一〇〇日も経ない子どもを連れて島根まで帰るのは無茶だ。」「これは被告フミ子の横暴だ。」などと罵つた。被告忠子は、母と約束しているので一度実家へ行つて相談して来る、と言つて、原告らの制止を振切つて原告方を出たまま、被告フミ子の意向に従つて帰宅しなかつた。
6 そこで、原告は、昭和四七年九月二七日被告忠子を相手方として大阪家庭裁判所岸和田支部に婚姻関係を円満に調整することを求める夫婦関係調整の調停を申立てた。
そのころ、天理教明三分教会で同分教会長の沢義一郎らを交えて原告と被告忠子及び被告フミ子が話合つた際、被告忠子は、「自分は自分の道を行く。子ども任せる。」と主張し、被告フミ子もこれに同調したため、婚姻関係の継続を求める原告との間に決着がつかなかつた。
その後、右分教会長と被告フミ子が原告方を訪れ、原告とその父英重を交えて話合つたが、その際、原告が「性格的に悪いところがあれば直すから、是非とも忠子に帰つてほしい。」と懇請したところ、被告フミ子が「原告が天理教に入信しないとうまく行かない。」と言つたので、原告は、「今すぐ入信しろと言われても、入ることができない。」と断つた。原告の父英重が「どんなきつかけで入信するかもわからないから、長い目でみてやつてほしい。知人で何年も創価学会に入会するのを断つていたのが、事業に失敗して入会した例もある。」と口添えしたところ、同被告は、「何か事故がなければ一生入信しないのか。それなら離婚してほしい。」と言つて譲らなかつた。
前記調停の席上、被告忠子は、性格の不一致等を理由に終始一貫して離婚を強く求めた。原告は、被告フミ子との関係で別居に至つたもので、被告忠子との間ではなんらの問題もなかつたとして、当初は婚姻関係の調整を求めていたが、途中で被告忠子の離婚意思が強固であることを知つて離婚も止むを得ないとの意向を表明したこともあつたが、間もなくこれを飜し、離婚に反対した。その結果、右調停は昭和四九年七月一八日不成立となつた。
7 原告は、被告忠子が前記寝屋川市のアパートを出て帰宅しなかつたため、間もなく同アパートを引払い、長男貴司を連れて肩書住所で両親と同居した。そして、母に貴司の世話をしてもらつていたが、母が昭和五一年七月一一日死亡したので、それ以後は父に貴司の面倒をみてもらつている。
原告は、現在被告忠子との結婚生活の回復の見込みがないとして離婚を求め、長男貴司の親権者に自己が指定されることを望んでいる。
被告忠子は、現在肩書住所で母である被告フミ子と同居しながら美容師として稼働しているが、原告との離婚を強く求め、長男貴司の親権者に原告が指定されるのが相当であるとしている。
被告フミ子は、現在も被告教会の代表役員として天理教の布教に従事し、信者からのお供えから給料の支払を受け、これによりその生活を支えている。
被告教会は、「親神天理主命の目標を祀り、天理教教典に依拠して天理教の教義をひろめ、儀式行事を行い、信者を教化育成し、並びにこの教会の目的を達成するための業務を行うことを目的とする。」ものである。
以上の事実を認めることができ、<証拠判断略>。
三 前記認定事実によると、被告忠子の前記行為は原告に対する悪意の遺棄に該当すると共に、原告と右被告との婚姻は宗教的な不調和に加えて互に円満な夫婦共同生活を築く努力に欠け、同被告が原告を遺棄して家出した結果、現在においては双方夫婦としての愛情や信頼を喪失して婚姻関係が双方の責に帰すべき事由により破綻しているというべきである。
ところで、双方の責に帰すべき事由により婚姻関係が破綻し、その帰責の程度に軽重の差があつても、すでに双方とも離婚を希望している等のため婚姻関係を継続する利益がない場合には、婚姻を継続し難い重大な事由があるものとして離婚の訴を認容すべきである。そして、このような事案においては、一方から離婚を求める本訴を提起し、他方から同旨の反訴を提起している場合、帰責の程度の重い方の訴を棄却することなく、双方の訴を共に認容すべきものと解するのが相当である。
したがつて、被告忠子の前記行為は原告に対する悪意の遺棄に該当すると共に、原告と同被告間の婚姻関係には双方の責に帰すべき婚姻を継続し難い重大な事由があるから、被告忠子との離婚を求める原告の本訴請求部分及び原告との離婚を求める同被告の反訴請求部分はいずれも理由がある。
そして、前記認定の事情のもとにおいては、原告と右被告間の長男貴司の親権者を原告と定めるのが相当である。
四 つぎに、慰藉料の支払を求める原告の本訴請求部分及び被告忠子の反訴請求部分につき判断する。
原告と被告忠子間の婚姻は、宗教的な不調和に加えて互に円満な夫婦共同生活を築く努力に欠けたため、次第に亀裂を生じて行つたことは前記三で判示したとおりである。
しかし、前記二で認定した事実によると、被告フミ子は、結婚に際しての原告の言動から被告忠子との結婚後に天理教に入信してくれるものと信じていたところ、原告が入信しないばかりか寄付の申入をも拒否し、次第に天理教への理解を示さなくなつたので、原告に対する不信の念を深め、原告と被告忠子との婚姻に社会通念上許容さるべき限度をこえた不当な干渉をして遂には右被告を家出させ、被告忠子も被告フミ子の意向に従つて原告を遺棄して家出したことが右婚姻関係破綻の決定的原因であつたものと解するのが相当である。
そうだとすると、原告と被告忠子間の婚姻は、双方の責に帰すべき事由により破綻したものではあるけれども、被告忠子及び被告フミ子の責任は、原告のそれに比して大であるというべきである。
ところで、本件のように離婚を求める本訴及び反訴が共に認容される場合において、不法行為の効果として損害賠償債務たる慰藉料の支払については、必ずしも共に認容し、又は共に棄却されなければならないものではなく、それは別個に考えられるべきであつて、婚姻関係を破綻せしめた責任の大小に応じて考慮されなければならないと解するのが相当である。
したがつて、原告は、被告忠子及び被告フミ子に対し慰藉料を請求することができるけれども、被告忠子は、原告に対し慰藉料の支払を求めることができないといわねばならない。
以上のとおりであるから、被告忠子及び被告フミ子は、共に不法行為者として連帯して原告に対し慰藉料の支払義務がある。
そこで慰藉料額につき検討するに、被告忠子及び被告フミ子の前記行為により原告が深甚な精神的苦痛を被つたことは推測するに難くなく、前記二で認定した諸事実に本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、右苦痛を慰藉するためには金一五〇万円が相当である。
なお、原告は、被告フミ子の行為は被告教会の職務につきなされたものであるから、被告教会は被告フミ子と同一の損害賠償責任を負うべきであると主張するけれども、本件全証拠によるも被告フミ子の前記行為は被告教会の職務につきなされたものと認めることができない。かえつて、前記二で認定した事実によると、被告フミ子の前記行為は被告忠子の母親としての個人的な立場でなされたものと解するのが相当である。
したがつて、原告の被告教会に対する慰藉料請求は理由がない。
五 よつて、原告の本訴請求は、被告忠子との離婚並びに同被告及び被告フミ子各自に対し慰藉料一五〇万円とこれに対する不法行為後の日である昭和四七年一〇月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、被告忠子の反訴請求は、原告との離婚を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべく、原告と被告忠子間の長男貴司の親権者を原告と定め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(辻忠雄)